昭和22年4月 | 大阪府鍼灸マッサージ連合師会設立 初代会長 武田武雄氏 就任(藍綬褒章、勲五等双光旭章、叙位) 運営拠点として社会福祉法人 大阪盲人会館 当時の生野区鶴橋(別名 青十字会館) |
昭和32年1月 | 関西鍼灸マッサージ専門学校開校と共に運営拠点を当校に移す(阿倍野区阪南町) |
昭和35年1月 | 武田会長の年頭挨拶で会館再建問題をとり上げる |
昭和35年2月 | 社団法人としての法人資格を大阪府知事より認可される |
昭和35年7月 | 役員会に於いて会館再建運動を展開することを決定 |
昭和40年11月 | 事務所設置案 |
昭和41年1月 | 事務所建設計画案 |
昭和42年1月 | 事務所建設委員会設置役員選出 |
昭和42年12月 | 関西鍼灸柔整専門学校新校舎増築に伴い一室を事務所として無償で貸与することに決まる 現在の関西医療学園専門学校(住吉区苅田) |
昭和49年4月 | 大鍼連事務所開設(関西鍼灸柔整専門学校内) |
昭和50年5月 | 第二代会長 上野弥三郎氏 就任(勲五等瑞宝章) |
昭和55年5月 | 第三代会長 林實氏 就任(勲六等単光旭日章) |
昭和59年11月 | 会館建設委員会設置 自己資金による建設案を検討 |
昭和60年5月 | 自己資金による会館建設決まる |
昭和61年3月 | 中古物件(土地付)を取得 大阪市阿倍野区阪南町3-43-14 土地面積 72.82平米(22.06坪) |
昭和61年8月 | 事務所開き(関西鍼灸柔整専門学校を29年余りの借室) |
昭和63年5月 | 第四代会長 有田正氏 就任(勲五等瑞宝章) |
平成3年4月 | 大阪府より定款一部変更申請が正式に認可され、社団法人大阪府鍼灸マッサージ連合師会から 、社団法人大阪府鍼灸マッサージ師会へ名称変更となる。 |
平成4年5月 | 社団法人 大阪府鍼灸マッサージ師会として、代議員制から全会員制に移行し、第1回目の通常総会開催。 |
平成12年5月 | 第五代会長 中川几一郎氏 就任(勲六等単光旭日章) |
平成13年12月 | 隣家を取得(土地付中古物件) 阿倍野区阪南町3-43-13 土地面積 72.82平米(22.06坪) 合計 145.64平米(44.12坪) (改装して大阪東洋療法協同組合事務所として使用) |
平成14年7月 | 大阪東洋療法協同組合 認可 |
平成16年5月 | 第六代会長 伊藤久夫氏 就任 会館老巧化による建替えが承認された その後公共の交通機関で便が良く又駐車できる物件が有ればこれも検討することも承認された |
平成18年3月 | 新棟建設用更地を取得 地下鉄御堂筋線昭和町より 徒歩5分 土地面積 254.54平米(76.99坪) 地 番 大阪市阿倍野区昭和町2-10-5 地 主 大阪東洋療法協同組合 大阪府鍼灸マッサージ会館新築工事開始 施 主 社団法人大阪府鍼灸マッサージ師会 設計概要 鉄骨造り3階建 敷地面積 254.54平米 建築面積 152.69平米 施工床面積 448.47平米 設計管理 株式会社カワイ設計工房 施工 鳳工業株式会社 |
平成18年6月 | 地鎮祭(起工式) |
平成18年11月 | 竣工式 事務所開き |
平成18年12月 | 大阪府鍼灸マッサージ会館落成記念式典 開催 |
平成24年4月 | 公益社団法人 大阪府鍼灸マッサージ師会へ移行登記 |
平成30年5月 | 第七代会長 廣野敏明氏 就任 |
平成30年8月 | 大阪府と「災害時の避難所における人的支援に関する協定」を締結 |
令和元年5月 | (公社)大阪介護老人保健施設協会と包括連携協定を締結 |
令和2年2月 | 法人化60周年記念式典 |
令和2年7月 | 大阪府へアンケート調査結果と共に要望書を提出 「新型コロナウイルス感染症に伴う鍼灸マッサージ施術所に係る要望書」 |
令和3年10月 | 第20回 東洋療法推進大会in大阪開催 |
令和4年10月 | 大阪市と「災害時における人的支援に関する協定」を締結 |
令和4年10月 | 大阪府へ要望書を提出 「令和4年度 新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金」活用による施術所支援に関する要望書 |
令和5年4月 | 卒後見学制度スタート |
令和5年4月 | 大阪府へ要望書を提出 「令和5年度 新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金」活用による施術所支援に関する要望書 |